2022年9月29日木曜日

原田尚彦「裁量権収縮論」

 「一 法治行政と行政便宜主義」

 行政庁は、公共の安全と秩序を保持する責任を負い、「そのために国民の権利自由に規制を加える権限を有している」。そしてこの権限は、「行政法規の授権するところに従い、法規にそって行使しなければならない」(法治行政の原則)。但し、授権がある場合でも「権限発動の要件が、法文上裁量事項」とされているときはもとより、「厳格な羈束条項として定められている」ときであっても、取締権限を行使するかは「行政庁が公益管理の視点から独自の裁量によって決定すべき」と解されていた(行政便宜主義)。

「二 『裁量権収縮論』の意義」

 行政便宜主義を厳格に適用すると、行政庁の取締権限不行使の結果、損害が発生しても「行政庁の不作為が違法となることはありえない」し、実際に損害が発生しても「国家賠償を求めること」も、また損害予防のために「あらかじめ取締権限の発動を請求することも」許されない。

 しかし、行政庁が取締権限を与えられているのは、公共の安全と秩序を保持する公益目的のためばかりでなく、「国民各個の法益保護」も行政権行使の目的とされている。そこで、「行政庁が取締権限を適切に行使しさえすれば」国民への被害発生は防止できたであろうのに、「漫然とこれを怠り甚大な被害を発生」させた場合、行政庁の態度を違法と評価し、その「怠慢に対し責任を追求できる道」が必要となる。つまり、行政便宜主義の下でも「例外的に行政庁の不作為を違法とする論理」が必要であり、それが「裁量権収縮論」ほかならない。

 裁量権収縮論によれば、取締権限についての「行政裁量の幅は、四囲の具体的状況との関連で限界づけられる」。この幅は、「同一の法律状態の下でも」、事実面で予防すべき危険性が増大し危険な結果発生の可能性が高くなるほど狭くなる。そして「危険がかなり甚大となって取締権の発動が緊急不可欠と認められるような状況」が発生した場合、「裁量の幅は、ついに零に収斂して、行政庁には取締権の行使が義務づけられる」ことになる。

 裁量権収縮論は、具体的事実と関連付け法規を解釈し、行政庁の取締権発動についての「決定権限の独占を制約」することで、取締権発動のイニシアティブを「ある範囲で国民の手に留保し」、国民の法益保護のためについて権力を行使させる法的手段を「国民の手に確保する」説、だと言える。

「三 『裁量権収縮論』の判例による承認」

 なお、元々裁量権収縮論は、ドイツ司法裁判所における損害賠償法理として展開された。その後1960年代に、この理論は、行政裁判において「国民が義務づけ訴訟を行政裁判所に提起して、行政庁に対して取締権限の発動を求める」ために利用されることとなった。

 塩野宏、原田尚彦『行政法散歩』(1985年、有斐閣)312-320頁。

2022年8月24日水曜日

原田尚彦「行政行為と行政処分」

「 一 行政法上の概念の特殊性」

 同学他科目の教官から、行政法学における行政行為と行政処分の概念は同じなのか異なるのか、異なるならどちらが広い概念か、という質問を受けた。今現在、「真面目に行政行為と行政処分の概念を追求する」としたなら、どう説明するのが一番適切か。


「二 従来の用語例」

 美濃部達吉、佐々木惣一共に、「行政行為には」、「行政処分のほかに、公法上の契約を含む」とされている。そして「行政行為を行政処分の上位概念として把握され」その上で行政行為全般に通用する効力を説かれているようである。

 戦後において田中二郎は、「公法上の契約を行政行為から除外されている」。そして「行政行為と行政処分を別段区別されていない」。


 「三 『処分』概念の意味」

 学者により用語の使い方は様々であって、「〇〇教授の所説はこうであるなどと、仰々しく並べ立てても、さして意味はない」。「丸暗記する必要などは、まったくない」。ただここで注意したいのは、「戦前の学説は」、行政行為や行政処分の概念を「講学上の概念として構成し」、これを「行政活動の理論的分類」に用いてきた。

 それに対し、昨今では「行政行為概念の方は」「講学上の概念であり、ある種の行政活動に付随する法的特徴を統一的に表現するための目的概念」とされ、行政処分概念は「実定法の規定に結びついた法律上の概念」として用いられている。というのは、行政不服審査法や行政事件訴訟法には「処分」という言葉を用いる規定があり(1条、3条2項)、そのため「行政処分という概念は右の規定でいう『処分』と同義に用いられることが多い」のである。

 なお戦前にも「処分」という言葉を有する法令もあった。しかし戦前の行政争訟は「列記主義」を採用していたため、争訟の対象は「個別法規の解釈で用意に確定することができた」。これに対し現行法は「概括主義」を採用しているため、「現行法のもとでは」取消訴訟の対象となるものの「判定が、比べものにならないほど重要な一般的な法解釈上の問題」となった。その意味で、行政処分概念は、「取消訴訟の対象性を示す実定法上の基礎概念として」法解釈上極めて重要な意味を持ち、「取消訴訟の対象性を表象する法概念として通常用いられていることに注意」したい。

 「四 行政処分とは、行政行為のことか?」

 こう考えると行政処分と行政行為はいかなる関係に立つか。今日の通念では、「両者は、ほぼ同一の概念」と解されており、「取消訴訟の対象である『処分』は、講学上の行政行為でなければならず、また行政行為で足りる」、となる。

 塩野宏、原田尚彦『行政法散歩』(1985年、有斐閣)166-173頁。

2022年7月24日日曜日

幸徳秋水『帝国主義』2

 「第3章 軍国主義を論ず」

軍国主義の「原因と目的」 「防御以外」「保護以外にあらざるべからず」。

 軍備拡張の原因 「一種の狂熱」「虚誇の心」「好戦的愛国心のみ」。

 甲「平和を希う」乙が侵攻しようとしている、乙「平和を希う」甲が侵攻しようとしている:「世界各国皆同一の辞を成さざるはなし」

 各国民は、「童男童女が五月人形、三月雛の美なるを誇り多きを競うが如く、その武器の精鋭とその兵艦の多きを競いつつあり」。

軍国主義者 「美術や科学や製造工業」「戦争の鼓舞刺激なくして能く高尚なる発達をなすは稀り」。

 「我は戦争が社会文芸の進歩」を妨害するのを見たが、社会の発達を助けるのを見なかった。「『膺てや懲らせや清国を』という軍歌をもって我は大文学と名くるを得ざるなり」。

軍国主義者 「刀槍艦砲」の改造進歩は戦争のおかげ。

 これは「科学的工芸進歩の結果にして」平和の功績。仮に戦争の功績としても、国民の智識道徳の進歩に貢献するところあるか。

軍国主義は「社会の改善と文明の進歩に資するを得る者にあらず」。「戦闘の習熟と軍人的生活は」、「決して政治的社会的に人の智徳を増進し得る者にあらず」。これを残す「弊毒実に恐るべき者あり」。軍国政治が「行わるる一日なれば、国民の道徳は一日腐敗するなり」。「暴力の行わるる一日なるは、理論の絶滅一日なるを意味するなり」。

 cf.ドレフュス事件におけるような「暴横なる裁判」は、「陸軍部内にあらざるよりは、軍法会議にあらざるよりは、決して見ることを得ざるところなり」。「普通民法刑法のいやしくも許さざるところ」。

「未だ軍備と徴兵が国民のために一粒の米、一片の金をだも産ずるを見ざるなり」。科学文芸宗教道徳の高遠な理想を「破壊し尽くさんとする」。

個人は武装を解かれているのに国家はそれができない。個人は暴力決闘が禁止されているのに国家はそれをできない。「二十世紀の文明はなお弱肉強食の域」を脱することができない。各国民が猛獣毒蛇の状態にあるのは恥ではないか。「これ社会先覚の士が漫然看過すべきのところなるか」。

幸徳秋水『帝国主義』(2004年、岩波文庫)51-84頁。


2022年7月9日土曜日

幸徳秋水『帝国主義』

 「第2章 愛国心を論ず」

帝国主義 「軍備」「軍備を後援とせる外交のこれに伴わざるはなし」。

 愛国心、軍国主義 「列国現時の帝国主義」にとって通有の条件。

 愛国心が愛する対象 「自家の国土」「自家の国人」「自家一身」。

愛国主義 「憐れむべき迷信」「好戦の心」「虚誇虚栄の広告」であって「先制政治家が自家の名誉と野心に達するの利器と手段に供せられる」。

 「国民の愛国心」 一旦その好むものにさからうと「人の思想をすらも束縛」し「歴史の論評をも禁じ」「総ての科学をも粉砕」してしまう。文明の道義はこれを恥とするが、愛国心はこれを「栄誉とし功名とする」。cf.「愛国的ブランデー

 軍人と愛国心 軍人は国家のために戦うというが、彼らの国家とは「皇上あるのみ、軍人自身あるのみ」。戦いの結果、軍備拡張、物価高騰、輸入超過「曰く国家のためなりと。愛国心発揚の結果は頼母しきかな」。敵人の生命、地、財を多く得ても、これのために政府の歳計「2倍、3倍」となる。愛国心発揚の結果は頼母しきかな」。 

 ① 「迷信を捨て智識」に、「虚構を捨て真実に」に、「好戦の念を捨て博愛の心」につく。これ「人類進歩の大道」。

 ② 「愛国心に駆使せらるる国民」 「品性の汚下陋劣なる」、「高尚なる文明国民をもって称すべからざる者」。

 ③ 政治、教育、商工業をもって愛国心の犠牲となさんと努る者 「文明の賊、進歩の敵」、「世界人類の罪人」。

「文明世界の正義人道は、決して愛国心の跋扈を許すべからず」。「卑しむべき愛国心は」「軍国主義となり、帝国主義となって、全世界に流行するを」。

幸徳秋水『帝国主義』(2004年、岩波文庫)19-50頁。

2022年6月18日土曜日

団藤重光「滝川幸辰博士の想い出」

 滝川幸辰博士の生涯を一語か二語で表すなら、「おそらく『闘争』と『激情』ということばがいちばんふさわしいであろう」。博士は、アンゼルム・フォイエルバッハのことが好きだったようで、「火山にたとえられたかれの激情的性格と闘争的精神がおそらく博士の共感を呼んだにちがいない」。

 博士の「学者的精神」は、学生時代の「わが国における大学自治の歴史上、まさに特筆に値する事件」であった沢柳事件の中で養われていった。そして後に、博士自身が中心となり「京大事件」がたたかわれた。事件において、博士は当局からの辞職要請に「頑として応じられなかった」し、京大法学部も一致して学問の自由のために行動した。最終的に、鳩山一郎文部大臣は、文官分限委員会の開催を要求し、博士は休職となった。これに対し、法学部の教授助教授助手副手は「即日辞表を提出し、京大法学部はしばらく壊滅状態となった」。これは「旧日本が自滅の道をたどる過程のひとこまであったといってよい」。

 敗戦後、博士は法学部長、総長を務めた。学部再建のため「かなり思い切ったこともされたらしい」。この過程で、筋を通すために「敵を作ることも、博士の意に介するところではなかった」。 

 博士は、小野清一郎博士とともに、古典派刑法学の代表者であった。共に構成要件理論を前提にしつつも、両者の学説の背景などははっきりと異なっていた。小野博士を「仏教的」とすれば、「博士のそれは無宗教主義的であり」、「前者を普遍主義とすれば後者は個人主義・自由主義であった」。博士は京大時代、勝本勘三郎博士の講義を聞かれた。勝本博士が有名な刑法学者の逸話を紹介するのが面白かったようで、後にフォイエルバッハを紹介する本を読むことになったが、それが刑法学者を志すきっかけになったとされる。

 「闘争と激情は、博士の一生を支配した」。「最後に心筋こうそく症が一瞬にして博士をこの世からうばった」。

団藤重光『わが心の旅路』(1986年、有斐閣)342-352頁。


2022年6月5日日曜日

小浦芳雄「ほんみち事件」

  「治安維持法違反として」

 ほんみち幹部らを取調べた予審判事の立石金五郎という人が、「新興宗教はみないんちきや、そういう観念をもっていた」と言っていた。ところが彼は、ほんみち信徒を取調べているうちに、「ぼくの心境が変わってきた」。「ひょっとしたら、機縁があったら、ほんみちを信心したかわからん」ときた。

 彼は続けて、ほんみちが正しいか間違っているかを判定する材料があると言った。第2次世界対戦、大東亜戦争の結末がそれである。今回の戦争で日本が勝てば、「事実上日本の天皇が東洋の天皇になろう」。こうなれば僕らの勝ちで「お気の毒ながら甘露台さんは負けだ」、「戦争に失敗した場合は、残念ながら甘露台さんの勝ちだ」、と。これに私も大賛成した。なお当時の裁判長で僕達は負けたという裁判官がいた。「ほんみちは真理の戦いにおいて日本帝国に勝った」、と。これは自分もそのように思う。

 「弾圧下の教団」

 この事件の対象となったほんみちの目的はどうだったか。「大日本帝国では、天皇は現人神である、万世一系で、天壌とともにきわまりなかるべし」だったが、この考えは一口で言えば迷信であり「迷信を打破しよう、そして日本を救おう」これであった。「天皇にさえすがっておったらというような、それはとんでもない迷信」の「ご利益がなかったということは大東亜戦争で分かった」。天皇の「人間性」(人間宣言)を国民が知っていたら「大東亜戦争は起こらなかっただろう」。これらをしらそうとしたのがほんみちであり、大東亜戦争を防止するのが目的であった。

 そして日本の敗戦について言えば、これは「少年時代のがき大将がいばっておったのといっしょ」であるが、これはプラスにはなれこそマイナスにはならない。迷信を打破でき敗戦により日本人は反省を知ることとなった。「もし大東亜戦争に負けなかったら、日本人はどこまでも風船のように思い上がっていくかもしれません」、「それこそ恐ろしい」。

小池-西川-村上編『宗教弾圧を語る』(1978年、岩波新書)132-134頁、153-154頁。太字部分はこちらが付したもの。


2022年5月26日木曜日

山崎鷲男「ホーリネス教会事件」

問 宗教弾圧をした人たちの戦後の釈明、生き方如何。

 驚くべきことに、私を弾圧した警察の者は「政治だよ」と放言した。政治が悪かったことにして終わりにするという「国全体が、天皇を頂点として無責任体制だったということ」である。


問 戦争責任に対する反省と日本人の国民性の問題如何。

 「当時の国民が『長いものには巻かれろ式の発想を持っていたため、結局指導者による戦争への道を許してしまった。また日本人の宗教感覚は「きわめてあいまい」だったため、「宗教人の命がけの信仰も容易に理解されず」、「神格天皇という観念もまるで昔からずっとあったように錯覚していた」。


問 日本人の神、国家に関する考え方の再検討の必要性如何。

 自分の信念に従い行動することが、「一般に非常に弱い」。だから政治のせいにして「平気でおれる人がおおい」。


問 靖国神社法案を巡る日本人について如何。

  政治と宗教の関係を正しく認識できず、自分の認識の範囲で物事を判断し、「反対する人間を結局抹殺し、非日本人扱いしてしまう」こととなる。残念ながら本人は、「国家に忠勤を励んでいると思いこんでしまう」面もあり、非常に厄介である。天皇は霊的存在ではなく、神格化ということもおかしい。人間の側から神として祭り上げているだけである。また「戦没者は『英霊』ではない。たんに美化している」にすぎない。

 天皇による公式参拝問題も、「偉い人を招いて権威づける日本人の習性」があってのことと思われる。「とにかく宗教と政治との峻別をきちんとすること」が大切である。

 

問 ホーリネス弾圧をいかすための今後の課題如何。

 戦前の宗教弾圧につき、損害賠償をなぜ請求しなかったと問う者もいたが、「その賠償をするのはいったい誰」か。「このような弾圧に協賛した国民にもその責任がある」のではないか。宗教弾圧のの責任は、特高警察や当時の政府ばかりでなく、誤った軍国主義、「『長いものには巻かれろ』といった事なかれ主義」、正しくない宗教理解認識と無知にある。「むずかしいのは国民の物の考え方の是正」である。


小池-西川-村上編『宗教弾圧を語る』(1978年、岩波新書)180-188頁。太字部分はこちらが付したもの。



原田尚彦「裁量権収縮論」

 「一 法治行政と行政便宜主義」  行政庁は、公共の安全と秩序を保持する責任を負い、「そのために国民の権利自由に規制を加える権限を有している」。そしてこの権限は、「行政法規の授権するところに従い、法規にそって行使しなければならない」( 法治行政の原則 )。但し、授権がある場合でも...