横田喜三郎「条約は紙くずか」
① 「条約は紙くずだ!」 第一次大戦において、ドイツはフランスと交戦する。フランスはドイツとの国境を強固に防衛していたため、ドイツは、自国と接する国境防衛の手薄なベルギー経由でフランスに侵入しようとした(ベルギー、フランス両国の国境には防衛施設がない)。しかしこれは、「イギリス、フランス、オーストリア=ハンガリー、プロシア」5カ国で「ベルギーの独立と中立性を尊重」、保障した条約に反する。
そこでイギリスは、同条約を無視しベルギーに侵入するなら、ドイツに対し戦争する旨警告したが、ドイツは、これに対し「条約を紙くず」(ホルウェッヒ首相)視した。
② 「無法な潜水艦戦」 ドイツの潜水艦は、第一次大戦中、商船を無警告で撃沈し続けた。「しかし、国際法は、軍艦が商船を無警告に撃沈することを認めない」。商船はあくまで平和目的のものであり、敵国商船に対しても攻撃できない。あくまで捕獲の際、停船や臨検捜索を拒む場合に攻撃ができる。中立国商船についても、戦時禁制品を輸送している場合は捕獲し得るし、停船や臨検捜索を拒まれた場合は攻撃し得る。しかしこのドイツの攻撃は、これら国際法の規則に反する。この無警告撃沈行為によって自国民に損害を出したアメリカも、後に参戦した。
③ 「不侵略条約を結んだのは、侵略するためだ」 第二次大戦中ドイツは、不侵略条約を結び相手を油断させてその上で相手方に侵入した。ヒトラーには「国家間の法として、それを守らなくてはならないという気持ちは、みじんもなかった」。
④ 「真珠湾の不意打ち攻撃」。真珠湾攻撃と、明瞭かつ事前の「開戦の通告」を要求する、開戦に関する条約との関係はどうか。まず開戦宣言や最後通牒の通告がないため、同条約に内容面で違反する(実際なされた通告は日米交渉打ち切りの通告に過ぎない)。また通告は真珠湾攻撃の後になされたため、「時期」の点でも違反する。
私は、当時国際法の講義ではっきりとは言わなかったが、学生は開戦に関する条約の説明を聞いて、真珠湾攻撃が「条約違反であることは十分に了解したはずである」。なお後にこの話が伝わったようで、「軍部に協力的だった」法学部教授の「矢部貞治君は、その日記で、『横田氏は真珠湾攻撃は不法だなどと馬鹿げた発言している』と書いている」。
⑤ 「やはり条約は紙くずでなかった」 条約を紙くずとした第一次大戦のドイツは、イギリスやアメリカの参戦を誘い、敗北したということは、また条約を無視したヒトラーも、また条約を守らなかった日本も屈服したということは、「結局において、条約は紙くずでなかった」し、「法律は空文ではなかった」。「条約は、結局において、やはり紙くずではなかったのである」。
横田喜三郎『法律つれづれ草』(1984年、小学館)54-69頁。